10代・家治が次期将軍選びで感じた「吉宗の代からの遺恨」
一方、江戸城では、10代将軍の徳川家治が「もう実の子は諦めたい」と老中の田沼意次に告げる。いよいよ次期将軍候補として、一橋治済(はるさだ)の嫡男・豊千代が最有力候補になろうとしていた。
これに意次は「上様はまことそれでよろしいのでございますか? 同じ徳川とはいえ、上様の血をまったく受けぬ者が将軍を継ぐのでございますぞ」と反発。将軍家の血筋を絶やさぬようにと説得したが、家治は「余の血をつなぐのが怖いところもある」と意外なことを言い出した。
「父上はお体が利かぬ方であられたし、余の子はみな体が弱い。授かったところで無事育つかどうかは分からぬ」
さらに「ふたを開けてみれば、跡を継げるような男子は、あの家にしかおらぬ。これは果たして偶然なのか」と一橋家の暗躍を思わせることを口にすると、こう続けた。
「吉宗公が体の利かぬ長男に跡を継がせ、秀でた次男、三男を選ばなかった。その遺恨が今日の異様なありさまを作り出しているというのは余の思い込みか?」
補足説明が必要だろう。8代将軍の吉宗は次期将軍を見据えて、長男の家重(いえしげ)にさまざまな教育を施した。だが、家重は鷹狩りには興味を持たず、学問にも励む姿勢が見られないばかりか、大奥に入り浸ってばかり。しかも、言語不明瞭で他人と意思疎通を図るのが不得手だった。
そのため、周囲は武芸に長けて学問にも熱心な4歳年下の次男、宗武(むねたけ)のほうに注目し始めた。
しかし、吉宗は結局、長幼の序を重んじて、家重を後継に決めている。もし、吉宗が長男以外を跡継ぎに立ててしまえば、諸大名にもそれを許すことになり、あちこちでお家騒動が多発しかねない。周囲への影響を考えれば、長男に継がせるという原則を、将軍である吉宗は貫く必要があったのだろう。
その結果、吉宗の次男・宗武は田安徳川家の、そして四男の宗尹(むねただ)が一橋徳川家の初代当主となった。そして今、家治の子は次々と亡くなり、将軍候補は一橋徳川家の豊千代のみ。その御台所として、田安徳川家当主・徳川宗武の七女・種姫を迎えるという状況へと、どんどん進んでいっている。
家治の父である家重が、祖父・吉宗から嫡男だからという理由だけで将軍に選ばれた遺恨が、自分の代になって返ってきているのではないか──という家治の読みは鋭い。
ドラマでは、そのうえで家治が「よかろう、血筋は譲ろう。しかし、知恵は、考えは……譲りたくない」として、こんなふうに意次に語りかけた。
「10代家治は凡庸なる将軍であった。しかし一つだけ素晴らしいことをした。それは田沼主殿頭を守ったことだ。田沼がおらねばこの繁栄はなかったのだから。余は後の世にそう評されたい、叶えてくれるか」
これには、意次が感極まって「上様は決して凡庸ならず。田沼主殿頭意次、この身を捧げ、終生上様にお仕えしとう存じます」と涙を流した。家治の人間味あふれる性格を掘り下げながら、その聡明さを描いたのは、『べらぼう』の一つの功績とも言えるだろう。
だが、家治の思いも虚しく、次期将軍・家斉(いえなり)の治世において、意次は失脚することになる。将軍の父となる治済と意次の間に、どんなバトルが待っているのか。注目したい。
次回は「寝惚(ぼ)けて候」。蔦重は大田南畝(おおた なんぽ)にいざなわれて狂歌の世界へ。一方、意次は家治が次期将軍に一橋家の豊千代を、御台所には種姫を迎える意向であると一橋治済に伝える。だが、すでに豊千代には、薩摩の姫との縁談があったため、事態はややこしくなる。キーパーソンとなるのは、島津藩の8代藩主・島津重豪(しまづ しげひで)だ。
【参考文献】
『蔦屋重三郎』(鈴木俊幸著、平凡社新書)
『蔦屋重三郎 時代を変えた江戸の本屋』(鈴木俊幸監修、平凡社)
『探訪・蔦屋重三郎 天明文化をリードした出版人』(倉本初夫著、れんが書房新社)
「蔦重が育てた「文人墨客」たち」(小沢詠美子監修、小林明著、『歴史人』ABCアーク 2023年12月号)
「蔦屋重三郎と35人の文化人 喜多川歌麿」(山本ゆかり監修『歴史人』ABCアーク 2025年2月号)
『江戸の色町 遊女と吉原の歴史 江戸文化から見た吉原と遊女の生活』(安藤優一郎著、カンゼン)
【真山知幸(まやま・ともゆき)】
著述家、偉人研究家。1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年より独立。偉人や名言の研究を行い、『偉人名言迷言事典』『泣ける日本史』『天才を育てた親はどんな言葉をかけていたか?』など著作50冊以上。『ざんねんな偉人伝』『ざんねんな歴史人物』は計20万部を突破しベストセラーとなった。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義、宮崎大学公開講座などでの講師活動も行う。徳川慶喜や渋沢栄一をテーマにした連載で「東洋経済オンラインアワード2021」のニューウェーブ賞を受賞。最新刊は『偉人メシ伝』『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』『日本史の13人の怖いお母さん』『文豪が愛した文豪』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』『賢者に学ぶ、「心が折れない」生き方』『「神回答大全」人生のピンチを乗り切る著名人の最強アンサー』など。