「消費者はクラウド領主に支配されている」と『テクノ封建制』は指摘している(写真:當舎慎悟/アフロ)「消費者はクラウド領主に支配されている」と『テクノ封建制』は指摘している(写真:當舎慎悟/アフロ)

 高名なギリシャの経済学者、ヤニス・バルファキス氏が、『テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。』(集英社)を上梓した。私たちの世界はいつの間にか、新しい社会と経済のステージに突入していると本書は語る。どんな世界が始まっているのか。社会学者の大澤真幸氏に、本のポイントと議論すべき点について聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

──この本を書いたヤニス・バルファキス氏とは、どのような人物ですか?

大澤真幸氏(以下、大澤):バルファキス氏は、2015年にギリシャがデフォルト(債務不履行)になり、急進左派連合(SYRIZA)政権の財務大臣を務める形で、一時は政治の世界に入った人物です。マルクス経済学に近いですが、典型的なマルクス主義とも違う、少し異端の経済学者です。

 彼の著作はいくつも日本語に翻訳されており、『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(ダイヤモンド社)などは有名です。

 今回の本は、既に他界されたと思われる彼の父親に向かって語りかけるというスタイルで書かれています。バルファキス氏の父は鉄鋼関係のエンジニアだったようです。かなり教養のあった人物で、左翼で、マルクス主義者で、歴史にも造詣が深く、労働運動に熱心に関わっていた方だったようです。

 1993年に、父がパソコンを購入して、息子のバルファキス氏がインターネット接続を手伝いました。その時に「コンピュータ同士が会話できるようになったってことだよな。このネットワークのおかげで、資本主義を転覆させるのはもう不可能ってわけか? それとも、これがそのうち資本主義のアキレス腱になる日が来るのかい?」と父は息子に尋ねました。

 バルファキス氏はその時点ではこの質問に答えられませんでしたが、それから月日が経ち、さまざまな世の中の展開を見て自分なりの結論に至りました。その考えをこの本の中に書いています。

──父親の質問が核心をついていたということですね。

大澤:2010年代あたりから、資本主義は永続するのか、どこかで終わるのか、ということが盛んに議論されるようになりました。「終わりそうだけれど、終わるはずがない」といった調子で語られることが多いのですが、バルファキス氏はこの本の中で、資本主義は実質的にはすでに終わっていると語っています。

 どのように終わったのかというと、これが驚くような主張です。資本主義が終わり、その後に社会主義や共産主義が到来するのではなく、資本主義の前にあった封建制に戻る形で終わると言っているのです。