ウクライナ戦争の早期終了を選挙公約のように掲げてきた米トランプ大統領だが、早期停戦の見通しは立たない(写真:ロイター/アフロ)ウクライナ戦争の早期終了を選挙公約のように掲げてきた米トランプ大統領だが、早期停戦の見通しは立たない(写真:ロイター/アフロ)

 ウクライナ戦争の早期終了を選挙公約のように掲げてきた米トランプ大統領だが、交渉が困難だと察すると、協議の仲介を見送る可能性を口にし始めた。停戦のタイミングや形、その条件に関しては、専門家の間でも議論が分かれている。

 この戦争と停戦への導き方は正しく議論されているのか。『悪が勝つのか? ウクライナ、パレスチナ、そして世界の未来のために』(信山社)を上梓した法哲学者で東京大学名誉教授の井上達夫氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

──チョムスキーやハーバーマスといった批判的知識人たちでさえ、ウクライナ戦争と停戦をめぐる議論では問題のある主張を展開していると書かれています。

井上達夫氏(以下、井上):話の前提として、彼らの言説の背景にある、対露宥和主義の問題に触れておきます。

 対露宥和主義者は、「ウクライナが抗戦を続けるからロシアが攻撃を続けるのだ。だからウクライナ支援を止めてウクライナに停戦の妥協をさせろ」と言いますが、これは逆さまです。

 ロシアが侵略を続けるからウクライナも抗戦を続けるのです。ロシアが侵略をやめればウクライナはいつでも抗戦をやめます。一番苦しいのはウクライナですから。

 ウクライナが抗戦を止めてもロシアは侵略を止めません。

 併合宣言したウクライナ東南部4州ですら、ロシアは完全制圧できていません。戦線の現状凍結で停戦など、「ロシアの論理」からすれば、自分たちの主権的領土の部分的放棄を意味するので、受け入れるわけにはいきません。

 東南部4州を我が物にしたいだけでなく、侵攻当初、キーウを制圧しようとして失敗したことが示すように、プーチン大統領の狙いはウクライナという国家を我が物にすること、丸ごと征服するか、傀儡国家化することです。ウクライナが抗戦を止めれば、これ幸いと侵略を拡大するでしょう。

 対露宥和主義者は、この戦争が続くと、第三次世界大戦にまで拡大する危険性があるから即刻停戦せよとも言っていますが、これも考え方としては少しおかしいと思います。

 ウクライナに対する西側の支援には2つの条件が課されてきました。

 1つは、ロシアが勝手に併合宣言したものの、国際社会ではまだロシア領として一般的承認を得ていないクリミアや東南部4州は別として、それ以外のロシアの固有領土に対しては、西側が援助した武器でウクライナは攻撃してはならないという条件です。

 ロシア領内の基地からミサイル攻撃などを受けても、ウクライナは「敵地攻撃」ができません。「専守防衛」の範囲内で援助された武器を使うということです。

 この条件は、2024年8月にロシアのクルスク州に侵攻したのを西側が認めてから緩和されましたが、2022年2月にロシアが侵攻開始して以来、2年半もの間、ウクライナはこの条件を基本的に遵守して、不利な非対称的条件でロシアに抗戦してきました。

 もう1つは、西側諸国は軍事支援をするけれど、NATO (北大西洋条約機構)や自国兵士を派兵して戦争に直接参戦はしないということです。第一の「専守防衛ライン」が緩和された後も、この「不参戦ライン」は維持されています。

 ウクライナ戦争が第三次世界大戦に発展するとすれば、NATO・西側諸国が不参戦ラインを越えて直接参戦した場合です。

 不参戦ラインは西側諸国が自らの軍事的関与を限定するために設定したものであり、専守防衛ラインと違って、ウクライナがこれを自分で破れるわけではありません。

 つまり、いくらウクライナが抗戦を続けたとしても、西側諸国は不参戦ラインを越えることを拒否し、ウクライナへの武器供給や軍事情報の支援の枠にとどまることができるということです。第三次世界大戦に発展するかどうかは、ウクライナが決められることではありません。