(英フィナンシャル・タイムズ紙 2025年6月21・22日付)

1929年にフランスの2人の歴史学者が「社会経済紙年報」という学術誌を立ち上げ、新しい種類の歴史を書き始めた。
それ以前の歴史学者は王や大統領がやったこと、すなわち戦争、条約の締結、個性の対立のようなことを年代順に記録していた。
この学術誌に参加した「アナール学派」と呼ばれる歴史家は、それらのほとんどは取るに足りない「出来事」であり、「過去の見出し」にすぎないと切り捨てた。
日々のニュースのサイクルで動くドナルド・トランプ
アナール学派の星だったフェルナン・ブローデルは「出来事とは、歴史におけるはかなきもののことである。歴史の舞台をホタルのように横切っていくが、ほとんど理解され始めることなく、また闇の中に消えていく」と記している。
アナール学派は「長期」に着目した。
地域の気候、地理、心性(ある時代のある社会の成員に共有されている思考様式のこと)、社会・経済のトレンドといった持続性のある力に目を向けた。
これらは人間の存在を形作った要因だ。
長期と短期の対立はいつの世にも存在する。だが、今の時代にはそれが過去に例のないほど深刻になっているように思える。
例えば気候危機が緩やかに進行しているのに、ドナルド・トランプが毎日繰り出すショーのおかげで最近はすっかり影が薄くなっている。
今の時代を理解するには、アナール派の歴史学者のようなものの考え方が必要だ。
ブローデルは、歴史は3つの時間層で動いていると記している。
人間とその周囲の環境との関係を意味する「地理学的時間層」、経済的、人口学的、文化的な循環を意味する「社会的時間層」、そして短期的な出来事を意味する「個人的時間層」の3層だ。
だが、トランプは4つ目の時間層、いわば日々のニュースのサイクルで動いている。