(英フィナンシャル・タイムズ紙 2025年6月13日付)

キア・スターマー英首相(6月10日、写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 我ながら非愛国的だが、外国の債券投資家には以下のような英国の実態に目を向けることをおすすめする。

 労働党政権は議会下院で圧倒的多数を占めている。2029年までは総選挙を行う必要もない。野党は分裂しており、もうずっと立ち直れないかもしれない。

 多額の債務を抱えた国に幾ばくかの現金を残そうと労働党が年金受給者向けの手当を縮小した時、国民の怒りは激しくはあったが、ごく普通のものだった。

 それでもなお、労働党は年金受給者の票を獲得するために譲歩した。昨年夏の公務員の賃上げ要求も受け入れた。

 この調子では、一部の児童手当受給者からの要求にも早晩屈するかもしれない。

 議会内の勢力が盤石な現在の労働党政権が道義心に訴えるありきたりのプレッシャーにも耐えられないとしたら、一体どの政権なら耐えられるというのだろうか。

平時には公的支出の制御は政治的に不可能

 おおむね4分の1を過ぎたことから、この21世紀からも経験則をいくつか引き出せるようになっている。

 第1に、他国の領土に侵攻してはならない。

 イラクでもアフガニスタンでもウクライナでも、自信過剰な侵略者は泥沼にはまった。

 第2に、経済が成長すれば国民が喜ぶと思ってはならない。

 所得の面で米国は欧州に差をつけたが、ポピュリズムの問題は少なくとも欧州並みに深刻だ。

 そして第3に、公的支出を制御しようとしてはならない。

 国家が危機を迎えた時を除き、政治的にほぼ不可能だからだ(この点については後述する)。

 フランスのエマニュエル・マクロン大統領は2018年に燃料税を、2023年には年金の支給開始年齢をそれぞれ引き上げた。

 その結果、あの火薬庫のような共和国で半世紀ぶりの激しい抗議行動が沸き起こった。

 ドイツでは30年ほど前にゲアハルト・シュレーダー首相が福祉国家にいくらかメスを入れたところ、その次の総選挙でアンゲラ・メルケル氏に敗れた。

 メルケル氏はそのような改革を避け続けることにより、その後も総選挙で3連勝を果たした。

 英国ではテリーザ・メイ首相が2017年に高齢者介護費用の負担増を打ち出して選挙に臨んだ。敗北を喫し、二度と立ち上がれなかった。

 そして「神の恵みの国」ならぬ神の恵みの債務者、米国の登場だ。

 かつては、民主党が財政の厳格化にわずかな関心を示すことを少なくとも当てにすることができた。

 今では民主・共和両党が、米ドルの覇権をリスクにさらしてでも債務は無視するという暗黙の合意を交わしている――これこそワシントン・コンセンサスだ。

 連邦政府改革に失敗したイーロン・マスク氏はその野心的な目標をもっと引き下げ、例えば火星の地球化ぐらいにとどめる必要があるだろう。