五百旗頭幸男監督

閉鎖的なムラ社会で「声なき声」を代弁する

 制作は、地元民放テレビ局の石川テレビ放送。監督は現在、同社のドキュメンタリー制作部で専任部長を務める五百旗頭幸男氏だ。

 チューリップテレビ(富山県)在籍時に、富山市議会の政務活動費不正問題を追った『はりぼて』(2020年)を監督。石川テレビ移籍後は、石川県庁をはじめとするムラ社会の父権的な空気をあぶり出した『裸のムラ』(2022年)を制作するなど、地方から日本社会や政治の実相を描くドキュメンタリー作品で知られる監督である。

 ただ、五百旗頭監督によると、本作『能登デモクラシー』は最初から滝井さんを主人公に想定して作られたものではなかったという。本作の制作過程を五百旗頭監督に聞いた。

「穴水町は前作『裸のムラ』の舞台でもあったことから、前作の取材時から町役場や議会の問題は聞いていました。さらに22年の暮れに『多世代交流センター』の話を耳にし、これほどまでに露骨な利益誘導があるのかと驚きました。

 そこで23年1月から穴水町政の取材を開始し、カメラ撮影は、センターの整備事業が承認された3月議会から始めました。

 しかし、取材を始めてから半年以上経っても、主人公となる人が見つからない。取材の過程で、主人公になり得そうな、いくつかの商店主さんらにアプローチしたのですが、すべて断られました。

 番組(テレビ版)の放送まで9カ月を切ったある日、焦燥感に駆られて町内を車で走っていたら、偶然、『裸のムラ』に出演してくれた方と出会い、ご紹介いただいたのが滝井さんでした。

 そして実際に滝井さんにお会いして、『紡ぐ』の全記事を読み終えた時には、主人公は決まっていました。あれほど閉鎖的なムラ社会の中で、声を上げ続けている人がいる——というのが驚きでした。

 また、滝井さんに主人公になっていただいたのにはもう一つ、理由がありました。

 あの手書き新聞『紡ぐ』を作るのに、年間で約100万円の経費がかかっているんですが、地震の前からすでに、読者から70〜80万円のカンパが寄せられていたというんです。

 町や議会に対し、ほとんどの町民が声を上げない一方で、これほどの人たちが滝井さんを支援していたという。これこそまさに、穴水町にも多くの『声なき声』が存在する証左だと思いました」