
モータースポーツジャーナリストの小倉茂徳氏が亡くなった。62歳だった。ホンダF1チームの広報担当からキャリアをスタートし、モータースポーツを愛し、その魅力を伝え続けた小倉氏。豊富な技術的知識に裏付けられたその解説は、心揺さぶる物語にあふれていた。たびたび小倉氏に話を伺い、当サイトでも紹介してきたライターの砂田明子氏が、取材を通じて小倉氏に教えられたことを振り返る。
角田裕毅には「時間が必要」と見ていた小倉氏
“遅く走る戦い”のようになった先日のF1(自動車レースの世界最高峰であるフォーミュラワン)のモナコGPを、小倉さんならどう評しただろうか──。市街地コースのモナコは抜きにくいサーキットである上に、今年はルール変更によって戦略的にペースを落とすドライバーが現れ、抜本的な改革が必要だという議論が噴出した。

もはや想像するしかない現実に胸が詰まるが、小倉さんへの取材で思い出すのは、小倉さんがいつも「歴史」的な視点を大切にされていたことだ。「今」を見極めるときも、過去から現在、未来へという大きな流れの中で今を判断しようとする奥行きのある目を持っていたと私は思う。
たとえば今年の春、日本でのF1人気が高まっている背景について取材したときのこと。折しも角田裕毅選手の、トップチームであるレッドブル・レーシングへの昇格が決まった後で、ファンからは期待だけでなく、不安の声も上がっていた。
というのは、レッドブルは、現・世界チャンピオンであるマックス・フェルスタッペンのためのチームなのである。フェルスタッペン好みに作られた車を他のドライバーが乗りこなすのは容易ではなく、トップチームというプレッシャーも相まって、フェルスタッペンの同僚になったドライバーは何人も潰れて(潰されて)きたのだ。

角田選手の展望を聞くと小倉さんは、角田選手とフェルスタッペンと車の好みは似ているから、対応は比較的早いだろう。それでもF1は難しい。表彰台などの大きな結果を出すまでは「ある程度の時間が必要だろう」と見ていた。

レッドブル移籍から6戦が終わったいま、小倉さんの読みは当たっていたと言えるだろう(角田選手のレッドブル移籍後の最高位は9位)。
同時に思い出すのが、そのとき小倉さんが語ってくれたフェルスタッペンの強さの“背後”にあるものについてである。