シャンパーニュ メゾン「ヴーヴ・クリコ」のラインナップ中、最高峰に位置づけられている「ラ・グランダム」。その歴代25作品目となる「ラ・グランダム 2018」が発売された。名作揃いのラ・グランダム。2018年も期待を裏切らない出来栄えだった。

29,370円(税込・ギフトボックス付き)
ブドウ品種:ピノ・ノワール 90%、シャルドネ 10%
ドサージュ:6g/l
熟成ポテンシャル: 15年以上
サーブ:10℃~12℃
新パッケージに身を包んで登場
あれ、もう?
というのが正直な気持ちだった。ヴーヴ・クリコのセラーマスター ディディエ・マリオッティさんから「ラ・グランダム」のお話を聞いたのはつい最近のことだったような……とおもって調べてみたら、前作「ラ・グランダム 2015」は2023年5月に話題にしていて、そのロゼを2024年12月に話題にしていた。
この「ラ・グランダム ロゼ 2015」が比較的最近だったのと「リッチ」「イエローラベル」とディディエ作品に継続的に触れていたので、どうやらごちゃごちゃになっていたらしい。が、それにしたって今回はちょっとペースが早いような……
ディディエさんによると
「ラ・グランダム 2018の鋭く精密な個性を感じるのには、今が適切なリリースのタイミングだと考えている」
とのこと。

祖父はコルシカにブドウ畑をもち、祖母はブルゴーニュの「ドメーヌ・アルマン・ルソー」のルソー家に出自があるという、ワインの子。学生時代に食品・飲料のエリート教育を受け、モエ・エ・シャンドンからプロフェッショナルキャリアをスタートした。以降「ニコラ・フィアット」「G.H.マム」にて重責を担い、2019年9月「ヴーヴ・クリコ」の11代目最高醸造責任者に就任
実際、ラ・グランダム 2018は鋭く精密なシャンパーニュだった。使われているブドウの90%が黒ブドウ=ピノ・ノワールであること、つまり、力強いとか芳醇とかいったボリューミーな印象の言葉で表現されがちなブラン・ド・ノワールと呼ばれるシャンパーニュにきわめて近いことを考えると、ラ・グランダム 2018の個性は意外でもあり、かつ、この鋭さこそラ・グランダム! と感じるところでもあった。
前作「ラ・グランダム 2015」も2015年のブドウで造られたシャンパーニュのなかでは出色の作品だったと私はおもっている。今回も、すごくいい。完成度が高い上に、ヴーヴ・クリコらしい個性がはっきりしている。チャーミングで楽しそうな新パッケージも棚に並んだときによそとは違うのがひと目でわかっていいとおもう。

2018年のシャンパーニュ事情
2018年は、いわゆる当たり年として、とても期待されていた年だった。
2016年、2017年は、難しい年で、よいブドウは少量しか採れなかったと聞く。造り手のなかにはストックしていた商品や、シャンパーニュ造りに欠かせないリザーブワイン(過去のワインを新作へのブレンド用に保存しておいたもの)の残量が心もとなくなっているところも結構あったようだ。
そこにきて2018年は質にも量にも恵まれた。ブドウが休眠状態の冬にしっかりと雨が降り、春は穏やか。夏は酷暑で乾燥していたものの、冬の間に土壌に染み渡った水分がブドウを過度な水不足ストレスから守った。
「こういう恵まれた年にこそ、わずかなブドウの個性の差を見極め、緊張感あるワインを仕上げられるかどうか。醸造家の腕が問われるのだ」
と、2018年当時に取材した、とあるブルゴーニュのワイン仙人が語っていたけれど、ラ・グランダム 2018はブドウの卓越性がぼんやりと広がるようなタイプではなく、ビシっと統制がとれている。ヴーヴ・クリコチームは抜かりなかったわけだ。ディディエさんは
「2018年は一言で言えばハッピーな年。毎年、こんな年ならいいのにとおもった」
とニコニコしている。
そんな恵まれた年ながら、ラ・グランダムは造ったけれど、同じく単一年のブドウから造る「ヴーヴ・クリコ ヴィンテージ」のほうは造らなかったとのこと。
理由1は、2018年のワインを、なるべくリザーブワインに、特に将来のイエローラベルのために取っておきたかったから。
ヴーヴ・クリコにとって、イエローラベルはブランドを代表するャンパーニュで、これが造れないなんてことになったら、偉大なるマダム・クリコにあの世で顔向けできない。2018年を、ラ・グランダムとヴィンテージの両方に使ってしまうのは、見通しとして正しくないと判断したそうだ。
理由2は、2018年はよりシャープネスが重要になるラ・グランダムにこそふさわしい年、と判断したからだそうだ。
ラ・グランダムによる問題提起
ヴーヴ・クリコ以外のメゾンでも豊富な経験と実績を誇るディディエさんは、いくつものヴーヴ・クリコならではの文化を見つけ出し、それを大切に次世代につないでいこうとしているけれど、そのなかに垂直性と水平性という概念がある。
ワインのストラクチャー(骨格)、エネルギー、ブランドの背骨となる要素が垂直性、一方で口当たり、口内に広がるボリューム感、質感、フルーティーさといった要素は水平性として捉える評価軸だ。
私なりに解釈すれば、ワインをグラスから口に入れて飲み下し、その余韻がなくなるまでの時間の長さが垂直性。その時間内における体験の豊かさ、多様性が水平性といったところではないかとおもう。
そして2018年と2015年を比べた場合に明らかなのは、2018年のほうがより垂直的な印象が強いということ。これは2015年が垂直性に劣るというよりも、ほぼ同量の垂直性と水平性を持ちながらも、2015年は垂直性よりも水平性に意識が行きやすい、という印象だ。
ただこれ、じゃあ、垂直性に大きく関わるであろう酸度やpHのデータで両者を比較した場合、どうなのか? というと、より酸度の数値が高く、pHが小さいのは2015年なのだそうだ。にわかに信じがたい。
「ワインの印象は複雑な要素から成っていて、特定の成分だけを切り出した数字はアテにならない。アテにできるのは人間の感覚なんだ」
とディディエさんは言う。そこから、ドザージュを6g/lという、ある意味で平凡なスペックにしたのにも意図があるという。補足するとドザージュというのはシャンパーニュの最終仕上げ工程で、ごくわずかに甘口のリキュールを添加する行為で、そのリキュールの中に含まれる糖分量を、1リッターあたり何グラム、と表記する。これが6g/l未満になるとエクストラ・ブリュットというカテゴリーになる。
「私たちは5g/lのドザージュのラ・グランダムを造ることもできる。でもやらない。それは5g/lにしたら、あなたたちはみんなラ・グランダムがエクストラ・ブリュットになった!とその話ばっかりするとおもっているからだ」
おお!? 挑戦的な物言い。だけど、もしもうそうなったら、私は「なんでエクストラ・ブリュットにしたんですか?」って絶対、聞くし、今回、ラ・グランダムがエクストラ・ブリュットになりましたって絶対、書く。
「でも、ドザージュはそういうものじゃない。3つ星レストランに行って、シェフに塩を何グラム使いましたか? なんて聞かないでしょう? それにシェフは、あなたに料理を出す直前に、自分が味見して、必要であれば塩を少し足すことだってあるはずです。私にとってドザージュとはそういうものです」
ワインそのものに向きあって欲しいから、あえてスペックは平凡にした、というのだ。
今回も、ディディエさんは、ラ・グランダムを細いグラスと横に広がったグラスのふたつで出した。これだけで、違うワインに感じるほど、ラ・グランダムの印象は変わる。

「正解なんてない。あなたが好きなように飲んで欲しい。ラ・グランダムは選択の自由があるシャンパーニュでありつづけたい」
ちなみに、ディディエさんがヴーヴ・クリコのセラーマスターに就任したのは2018年なので、ラ・グランダム 2018は、ディディエさんの先輩にあたるドミニク・ドゥマルヴィルさんとの共作のようなものと考えていいはず。ラ・グランダムとヴィンテージについて言えば、次からが100%ディディエ・マリオッティ監督作品だ。私はこの、明るく、挑戦的で、いまやヴーヴ・クリコらいしことこの上ない人物の次なる作品がすごーーーーく待ち遠しい。